LOGIN瑛介が大勢の前でこんなことをして、しかもあんな一言まで添えたものだから、弥生だけでなく、和紀子と瑛介の母まで顔を赤らめて気まずくなった。誰も、瑛介がこれほど堂々と弥生に親しく接するとは思っていなかった。けれどもすぐに、瑛介の母はあることに気づいた。瑛介は、弥生が食べきれなかった菓子を片づけるために、わざとあんな芝居を打ったのだ。彼女が小さくちびちびと食べていたのを見て、きっともう無理だと察したのだろう。そう思うと、瑛介の母は軽く咳払いをして和紀子に声をかけた。「お母さん、若い人たちは二人で仲良くしたいでしょう。私たちは邪魔せずに、外で少しおしゃべりしましょうか」和紀子は特に深い意味を考えず、孫夫婦の仲が良いのだと受け取って同意した。二人が部屋を出るとき、ひなのと陽平も一緒に連れて行った。最初ひなのは嫌がったが、和紀子に抱き上げられると、年配の人に負担をかけまいと観念してついて行った。そうして部屋には、ソファに並んで座る弥生と瑛介だけが残った。テーブルの上にはまだ果物や菓子が並んでいる。静けさが訪れると、弥生の頬に残っていた熱もようやく少し冷めた。ほっと息をつきながら、瑛介に握られていた手をそっと引き抜こうとした。だが、瑛介は放そうとしなかった。弥生が思わず彼を横目でうかがうと、彼はにやりと眉を上げて言った。「恥ずかしい?」その一言で、ようやく落ち着いたばかりの頬が、再び熱を帯びた。「......前から......お母さんの前でも、こんなふうだったの?」記憶を失っている彼女には、過去の二人の関係がどうだったのか分からない。だが、さっきの行動は明らかに自分の常識を超えていた。恋人同士が親密な仕草を交わすことは理解している。部屋で二人きりの時、唇が触れそうになったことだって、彼女は拒まず、むしろ心の奥で喜んでいた。でも、今のは祖母や母、さらには子どもたちの前だ。しかも瑛介の態度はあまりに自然で、まるで何度も繰り返してきた日常のようにやっていた。本当に私、そんな人だったの?瑛介は、ただ彼女の菓子を片づけるためにしただけだった。けれど弥生が勘違いしているのに気づき、ふといたずら心を起こした。「なんのことを言っている?」そう言いながら、彼は再び彼女の手を唇に寄せ、軽く触れた。「これか
写真には、瑛介の背中が主役のように写り込み、その横顔と視線の先には、三人が抱き合う光景が収められていた。「どう?四人家族、とても上手に撮ったでしょう?」瑛介は母の言葉には答えず、ただしばらく黙って写真を見つめていた。そして低く言った。「その写真、送ってくれる?」写真を受け取った瑛介はすぐにそれをスマホの待ち受けに設定し、何度も何度も見返した。その様子を見た瑛介の母は、心の中で、ただ無言で首を横に振った。宮崎家の男たちは皆、一度心を決めたら生涯ひとりの女を想い続け、妻にとことん尽くす。それが宮崎家の血筋なのだ。世の中には、息子が妻を大切にするあまり自分を顧みないことに嫉妬する母親もいる。だがそれは結局、夫から十分に愛されなかったから。もし夫がきちんと愛してくれるなら、息子に埋め合わせを求める必要もない。「さあさあ」和紀子の声が部屋から聞こえてきた。彼女が両手いっぱいに食べ物を抱えて台所から出てくると、瑛介がすぐに歩み寄って手伝った。弥生も立ち上がって手を貸そうとしたが、瑛介が動いたのでそのまま座っていた。やがてテーブルの上には料理が並んだ。市場で買ってきたばかりの食材や、その日の朝に摘んだ果物。さらには和紀子が普段手作りした菓子や果餅まで。「さあ、食べなさい。いっぱい食べて。痩せすぎだわ」和紀子は勧めながら弥生に差し出した。弥生は笑顔で受け取り、心の中で安堵する。肉や生臭いものではなくてよかった。そうでなければ本当に吐いてしまうところだった。甘い菓子をひと口かじると、和紀子が期待に満ちた目でこちらを見ていた。「どう?美味しいでしょ?」「とても美味しい。おばあちゃんが作ったの?」弥生がそう言うと、和紀子は嬉しそうに笑顔を見せた。「そうよ。暇なときに自分で作るの。ちょうど子どもたちが遊びに来ていたから、少し多めに作ったの。気に入ったなら、帰るときに新しいのを焼いて持たせてあげるわ」「ありがとう」弥生はもう二口ほど小さくかじったが、さすがにそれ以上は進まなかった。すると瑛介が彼女の隣に腰を下ろした。「僕も食べてみたいな」低く響く声が耳元にあった。返事をする前に、瑛介は彼女の細い手首を取ると、その手に持っていた菓子を自分の口元へ運び、一口でかじった。弥生は思わず息を呑んだ。彼の
和紀子が食べ物を探しに行っている間に、ひなのが小声でたずねてきた。「ママ、今回はどこに行ってたの?なんでこんなに長く帰ってこなかったの?ひなのもお兄ちゃんも、ママに会いたくてたまらなかったんだよ」弥生は小さな頭を撫でながら、そっと聞き返した。「ひなの?」ひなのはすぐにうんとうなずいた。その後、弥生は隣にいる男の子を見つめた。陽平は母と視線を合わせると、軽く瞬きをした。そして母子の心が通じ合ったのか、口を開いた。「ママ、僕も会いたかったよ」弥生は一瞬考えていた。ひなのの名前は分かったけれど、もうひとりの子の名前をどうやって知ればいいのだろう。直接聞くわけにはいかない。子どもはまだ幼く、世の中のことは分からなくても、とても敏感だ。自分が記憶を失っていることなど知らないのだから、もし母親が名前を忘れているように見えたら、きっと「ママは僕を好きじゃないの?」と思ってしまうだろう。だが、陽平は察するように、自分から名乗ってくれたのだ。弥生は思わず俯き、陽平の頬にちゅっと口づけを落とした。「陽平は本当にいい子ね」それを見たひなのは、不満げに身を乗り出した。自分は抱っこだけで、キスはもらえなかったからだ。「ママはお兄ちゃんにキスしたのに、ひなのにはしてない!」弥生は思わず笑い、ひなのを抱き寄せ、そのつややかな額にもそっと口づけた。そうして気づいた。自分の娘は、見た目のとおり甘えん坊で、実際の性格もそのまま。そして息子は外見の印象どおり、おとなしくて、優しさを持っている。陽平は、自分のママがどこか変わったことに気づいていた。でも、いくら頭の良い子でも、やはりまだ子ども。母親がそれを隠しているのもあって、具体的に何が違うのかは分からなかった。ただママが前よりずっと痩せてしまっていることが分かった。胸を締めつけられる思いで、陽平は母の手首をそっと握り、声を落として言った。「ママ、これからはちゃんとご飯食べてね」弥生は一瞬はっとしたが、すぐに頷いた。「もちろんよ」そう口にすると、目頭がじんわり暖かくなった。やっぱり子どもたちのそばが一番いい。宙ぶらりんだった心が、ようやく地に足をつけられた気がした。そう思いながら、二人をぎゅっと抱き寄せ、両肩に顔を埋めて、安心したように目を閉じた。
だが今、二人の姿を目にして、事態は自分が想像していた以上に、もっと深刻だったのかもしれないと瑛介の母は思った。問いかけに、瑛介はしばし黙り込み、最後には低い声で答えた。「母さん、この件はもう片付いた。だから過程は聞かないでほしい」その言葉に、瑛介の母は納得できず眉をひそめた。「どういう意味?もう解決したなら、心配もないでしょ?だったら話しても問題ないはずじゃない」「知れば知るほど、が不安になるだけだと思うが」瑛介は静かに言った。「でも、今はもう大丈夫なんでしょ?」と瑛介の母が言った。だが次の瞬間、彼女は唇を引き結び、言葉を飲み込んだ。ふと何かを思いつき、眉を寄せた。「ちなみに、父さんは?」「まだ戻ってきていない」実際には父が弘次のおじいさんに連絡を取り、事態はさらに大きくなっていたのだ。「じゃあ、父さんは無事なんでしょうね?」「父さんの性格はよく分かっているでしょう?」「そうね。それなら任せておけばいいわ。でも瑛介、顔色......ひどいわよ。怪我をしてるの?」瑛介は何も答えなかった。それはつまり、肯定しているようなものだった。「じゃあ弥生は?どうしてあんなに痩せてしまったの?」あれほどの短い間に、どうしてあそこまで痩せ細ってしまったのか。瑛介の母は胸の内で「なんて可哀想に」と嘆いた。瑛介も黙ったままだったが、ふと思い出した。今朝、弥生は食事の時、ほんの少しをゆっくり口にしていただけだった。その瞬間、瑛介は母に向かって言った。「さっきおばあちゃんが、あとで鶏のスープを作るって言ったね。でも、もしできるなら止めてもらえる?」「なんで?」瑛介の母の胸は好奇心でいっぱいだった。本当はどうしても理由を聞きたかった。だが、息子の横顔に映る固い決意を見て、その言葉を飲み込んだ。まあいいわ。今はみんな無事にここにいる。何があったとしても、もう終わったこと。残りの厄介ごとは夫がどうにかするだろう。若い二人が話したくないのは、私に余計な心配をさせないため。そう思い至ると、瑛介の母も気持ちを切り替えた。「分かったわ。じゃあ昼は少しあっさりしたものにしてもらう」「ありがとう」「礼なんていいの。さっさと中へ行きなさい。心ここにあらずって顔してるわよ」確かに、彼女の言うとおりだった
二人の子どもたちは、弥生に会えない日々がずいぶん長く続いていた。田舎に来てからはおばあちゃんやひいおばあちゃん、おじいちゃんに囲まれ、美味しいものも食べられ、近所に気の合う友だちまでできた。でも、二人にとってやはり一番大切なのはママだった。二人は弥生に会いたくてたまらなかった。今こうして再会すると、彼女の胸にしがみつき、貪るように頬をすり寄せ、まるで離れない双子のようだった。後ろからついてきた瑛介の母と祖母も、弥生と瑛介が突然ここに現れたことに驚き、顔に喜びの色を浮かべた。「弥生?瑛介?どうして急に来たの?」声を聞いた弥生が顔を上げると、二人が目の前に立っていた。ひとりは髪がすでに白くなっていたが、きちんと身なりを整え、体つきも軽やかで、白いショールを羽織っていて、裕福なご婦人のように見えた。隣の女性はもっと若い。二人はまったく違う雰囲気だが、顔立ちにはどこか似通ったところがあった。来る前に、弥生が記憶を失っていることもあり、瑛介があらかじめ簡単に関係を説明してくれていた。今こうして子どもたちと一緒にいる姿を見れば、彼女たちが誰なのかは察しがついた。「母さんとおばあちゃんに会いに来たよ」まだ身体が硬直していたが、弥生はきちんと挨拶をした。外祖母と呼ばれた和紀子は「あらまあ」と声を上げ、慌てて駆け寄り彼女を支えた。「弥生、最後に会ったのはもう何年も前だねえ。まさかこんなに可愛い子を産んでいたなんて。さあ、早く立ちなさい、そんなふうにしゃがんでいちゃだめよ」和紀子に支えられ立ち上がると、弥生は虚弱なせいかふらりとよろけた。その瞬間、瑛介がすかさず腰を支えて倒れないようにした。その様子を見ていた瑛介の母は、すぐに目を細めた。「どういうことなの?どうしてそんなに痩せてしまった?」和紀子が弥生の手首を取ると、肉がほとんどなく骨ばっているのに気づいた。その優しさと心配に、弥生の胸はじんわり温かくなった。「最近ちょっとダイエットしていたんです。それでこんなに痩せてしまって」「ダイエット?」和紀子は小さくため息をついた。「この子ったら、もうすでに痩せているのに、まだ痩せようとするなんて。ここに来たからにはもうやめなさい。あとで鶏のスープを煮てあげる。女の子はね、少しふっくらしている方が病気になりにくいんだから」
これ以上緊張しても仕方がない。ただますます緊張が募るだけだ。瑛介が言った。「本当にいいんだな?押すぞ?」「うん......押して」そう口にしながら、弥生はさらに彼の背後へと身を寄せ、ほとんどすっかり隠れてしまった。その仕草に、瑛介が笑った。「心の準備ができたって言うのに、まだ俺の後ろに隠れるのか?」からかうような調子に、弥生はむっとした。「私のこんな姿を見て、わざと笑ってるんでしょ?」瑛介の目元の笑みは深まったが、彼女の言葉を否定した。「笑ってないさ」「聞こえたもの」「何が聞こえたって?」「私のこと笑ってた」「そうか?俺、笑ったか?」「心の中で笑ってた」「心の中で笑ってたのが分かるのか?」「弥生?」「なに?」わざとらしくとぼけるその態度に、弥生は思わず彼の腰をぎゅっとつねった。本気で懲らしめるつもりはなかったが、思いがけず瑛介の身体がぴくりと硬直した。彼女は気づかず、そのまま手を引っ込めてしまった。残された瑛介は、目を伏せたまま一人でその感覚を噛みしめ、薄い唇を引き結んだ。まるで自分で仕掛けた罠に自分がはまったようだ。長く一緒にいなかったせいか、彼女の些細な仕草ひとつに、これほどまで心を揺さぶられてしまう。幸い、冬で厚着をしているのが救いだった。瑛介は小さく咳払いをして気まずさを誤魔化し、口を開こうとしたとき、背後から弾む声が響いた。「ママ!!」「ママ!」子ども特有の高い声に、弥生も瑛介も振り返った。瑛介にはすぐ分かった。それは、ひなのと陽平の声だ。だが彼が最初に確認したのは弥生の反応だった。案の定、その声を聞いた途端、弥生はその場に釘付けにされたかのように動けなくなっていた。瑛介が目を上げると、二人の小さな影がロケットのように駆け寄ってくるのが見えた。速いというほどでもないのに、あっという間に弥生の足元にたどり着き、左右からしがみついた。「ママ!」二人はまるで鳥のように、弾む声で何度も何度も呼びかけた。弥生の身体はさらにこわばった。ようやく正気を取り戻したのか、ゆっくりと視線を落とし、足元にまとわりつく二人を見下ろした。その愛らしい眉目がはっきりと目に映った瞬間、弥生は呆然と立ち尽くした。夢で見た光景とまったく同じだったの